すごく心が救われたのよ。



「日本で最初に
 同性愛の雑誌を1971年に出した。
 『薔薇族』。
 それの初代編集長です。

 ゲイっていうのは、
 異常でも変態でもないから
 堂々と明るいところへ出よう、
 …と言い続けて来たわけ。
 昔はね、結婚しないわけにはいかなったのよ。
 どうにか努力して、結婚をして、
 セックスして、子供を産むでしょ。
 今は女の人でも男の人でも
 結婚しない人増えたでしょ?
 だから今の世の中は良くなったけど、
 前は大変だった。
 女と結婚してないと変な人って言われたからね。」

ー薔薇族を出そうと思ったきっかけは?

「雑誌にすぐたどりついたんじゃないんだよ。
 僕が大学に入ったのが昭和23年だから、
 戦争が終わって。食べるもんだ全くなくて、
 ひどい世の中だったんだよね。
 そん時にすごい痩せてたんだよね。

 今の子供はもうね、
 体が発達してるから6年生とかで
 マスターベーションとか覚えるかもしれないけど、
 私は大学入ってからそういうのを覚えた。
 で、その時代は、
 マスターベーションすると体に良くないって
 医者たちがみんな言ってたのね。
 ちょっと僕もその時片思いとかしてて、
 ムラムラしてたもんだから、
 悩んでたわけ。
 でも、その時、
 どっかの雑誌で医学博士の人の
 『マスターベーションしても害はない』っていう
 小さな記事があって。
 すごく心が救われたのよ。

 で、うちは親父が出版社で、
 戦後独立して、よく手伝ってた。
 そしたら風呂敷を抱えて
 家に訪ねて来た人がいたわけ。
 何の本かなって思ったら
 「マスターベーションの正しいやり方」を
 書いた原稿だったの。
 私はふと、こういう本出したら、
 私もそうだけど、
 救われる人が多いんじゃないって思って、
 「ひとりぼっちの性生活」っていう本を
 出したら、売れたんですよ。

 で、手紙がいっぱい来た。
 僕は女のことを考えて
 マスターベーションするのが
 当たり前だと思ってたんだけど、
 男の人が男の人のことを考えて、
 マスターベーションするっていうお便りが
 意外と多かった。
 それで、ふと考えてひらめいたんだけど、
 そういう人に向けての本と出そうと思ったのね。
 そのときはもちろん、
 ゲイの本なんてタブーだったから、
 すごい勇気が必要だったの。
 色々考えてレスビアンの本を先に出したの。
 そのあと男と男の本を出したら、
 わざわざうちの出版社まで買いに来る人がいた。
 本屋で買うのが恥ずかしいからね。
 そしたら次から次へと、
 そういう原稿を持ってくる人が増えた。」

ー本を出して反響とかありました?

「ありましたよ。
 そんなゲイの本なんてないんだから。
 でも、需要はあったんだよ。
 それでいろんな出会いがあって、
 仲間をみつけて雑誌を始めたんだよ。
 道がないとこに道を切り開いたわけだから。
 大変だった。
 今は道が切り開かれてるんだから、
 もっとできるはず。」


(3/1/2014 下北沢 Shimokitazawa)


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